[どうにも新聞は信用ならん、という風潮]
一言で言えば
私のようなマスコミ不信の輩が増殖しているということでしょうか。
よくある「新聞はなくなるか、否か」的な議論は「紙対ネット」みたいな媒体論が主となる議論で、「新聞は不滅だ」論調は第一次情報源としての”新聞”はなくならない、といったもの。
後者の不滅論は”信頼が担保されているから”第一次情報源として成り立つのであり、その前提が崩れると分からんぞ、という話しも理解できる。
(大手新聞社は実は共同通信みたいなところから買ったニュースを加工しているといった二次情報であることがある。新聞社が情報を捏造したり、バイアスかけたりするのは言わずもがなだが、共同通信などが誤報を結構やらかしたりしたら事実すら伝わらなくなるからどうしようもない。)
しかしながらその危うさ・胡散臭さすら晒してたたいて楽しむといった”祭”のネタにしてしまうたくましさがあれば、やはり新聞”社”はある意味コンテンツホルダーとして無くならない気がする。
新聞は知らん。