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2008年06月22日の記事

2008年6月22日(日) 15:20

ワタシノシゴト(4)

 今度はお金の話。
 またもや長くなるので、続きはこちらへ。


 皆さんは、「自分のものでないお金」を取り扱うとき、どのような気持ちだろうか。例えば賭け麻雀とかで相手から巻きあげたお金であれば、「今日はアイツのお大臣だイェァア、ケツ毛まで毟り取ってやるぜ」くらいに思うだろう。会社の金で飲み会が開かれるときなんかは、存分に飲みまくってやるぜと思うだろう。往々にしてそういうときのお金の額は、大きくなるものであるし、金銭感覚も狂いがちだ。
 事務方と現場では、お金の使途が異なる。営業や製造といったラインは直接相手方からお金の授受をし、管理に重きを置かないし、事務方は基本的には管理に重きを置く。そういった意味では、感覚が異なるのは仕方がない話だ。

 これが公務員であれば、どうであろうか。いや、小口現金を飲み代に使うなどはもっての他だが(そもそも学校には小口現金すら存在しない。似たような前渡金という使途が決められた現金はあるのだが。)、たとえば出張で降り出たマイレージの話は問題になっているし、遠方に出張した際にクレジットカードで旅券を購入した際のポイントは、どう扱えばよいのかといったグレーゾーンな話もある。それに対し、それくらいケチケチすんなという見方もあるかもしれない。

 さて、本題。学校現場においてはどうだろうか。公金(教育委員会から配当された予算)の出納および管理といった経理・財務担当は基本的に事務職員が行う。公金の支出に関する契約は、全て事務職員が行わなければならず、勝手に教員が行うことは許されていない(準公金とか学年費とか言われる生徒負担のお金は、逆に教員の方が管理をするのだが、「集めた分=使った分」にするだけなので難解なことはない。集金に気を使うだけだ。)。
 事務職員が起案した案件により稟議が行われ、契約を結び、納品し、出納通知が行われる形で一つの案件が終了する。横浜市においては、ここに「財務会計システム」というのが差し挟まれ、WEB上で支出命令を出し、業者への支払いを行う。このシステムで最終的には市長のさかなクンにまで稟議を諮る形をとっている。ただでさえのたくら時間がかかるため、契約はスピーディーな執行を図るために、ほぼ今流行りの「随意契約」で行われる。40万以上の物品購入案件や60万以上の工事事業などは、学校長の専決(ある程度以下の額なら市長が校長に権限与えておくから、学校単位で契約していいよ、という権限)を超えるため、市教委に伺いを立てて競売を行ってもらう。
 このように一応は厳重な扱いを経て支出される「公金」。その使途・方向性を予算委員会という形で承認を得て予算を執行するのだが、日ごろの管理に関しては、複数校でなければ、正直怖い。細心の注意を払っても、行政書士でも会計士でもない新卒風情の人間が、一人で契約行為の全てを管理しなければならないというのはプレッシャーがかかる。
 ミスを起こさないためにも、差引簿をつける、全ての契約に関して書類を通して稟議をはかる、別口(WEBを通じて)で市教委に支出命令を行う、ということを行っているのだが、学校保管で済まされる書類(先の差引簿や契約書など)は、4〜5年回ってくる監査が当たらない限り、チェックされない。もちろん監査で指摘をされれば、学校名公表の上、事務職員及び校長は処分を受ける。もちろん絶賛公開中だ。

 今更だが、公金はその字の如く、税金で賄われている。市民に理解が得られる適正な執行を目指すべきは当然であるし、そのため―銀行でもそうだと思うが―1円の狂いも基本的には許されない。そうした感覚を持つことが、公務員には必要であると思う。だからこそカラ残業やヒマツブシ残業は、民間以上に慎むべきだし(民間企業であっても、社会性を鑑みるに、慎まれるべきであるが)、安く業者に発注出来れば、広く市民のためになるとすれば、鬼にもなるべきである(ただしこの件は不当廉売に当たる気もするのだが・・・)。

 ただ残念なことに、教員にその感覚が薄いことは、実情として言える話だ。教員は、はじめの方で触れたラインにあたり、予算の管理をしない。その上、地方公務員の中でも昇進試験をしないのに高給取りであるため、はっきり言ってしまえば金銭感覚がズレている方もいる。慢性的な多忙の中ですぐにでも必要物品を欲しがる傾向にあるため、安価な業者の選定猶予などを差し挟ませてくれないこともある。これまで説明したような物品購入に関する規則は、毎年のように予算委員会で説明されているにもかかわらず、フリーダムな購入希望を出してくる先生もいる。中には、規則(横浜市物品規則…だったか、条例か法律か、どれであったかは失念。。)違反で勝手に業者と契約して物品を購入し、領収書を事務室に投げてくるものもいる。

 「本当に必要であり、買えるものならばもちろん買ってあげたい。だが、これは税金で賄われた配当予算なのだ。市民に説明できる執行にするために協力してくれ。」という説明で、実は大体の先生方が納得して協力してくれる。エアコンが欲しいといっていたのを取り下げてくれたり、来年に回してくれたり。それでも組合の人はげふげふん

 こうした状況を根気強く整備し、市民に開かれた学校の下地をつくるのが、事務職員の経理・財務事務。ほぼ、ネゴシエートだろうか。

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2008年6月22日(日) 02:11

ワタシノシゴト(3)

 前回の予告通り、組合について話そうと思う。サービスを提供する人間の質を左右する上では触れておかなければならない話題である。

ちょっと長いので、続きはこちらから。



 労働組合とは「雇用環境の向上などの一致した要求に基づき賃金労働者が自発的に団結して組織した団体」であり、これについては一般的な民間企業の組合と変わらない。また、よくある誤解を正しておくと、公務員であっても一部職種(消防・警察)を除いては、その結成が認められている(ただし争議権や労働協約締結権は認められていない)。
 学校をとりまく労働組合の体裁を成しているものは、最もよく知られているものでは日本教職員組合(通称・日教組)やその下部組織である地方自治体の教職員組合があるが、横浜の場合県費負担職員が教職員組合に属し、その他市費負担職員は横浜市従業員労働組合(通称・市従)など、多数存在する組合のどれかに属している。その組合によって、アジ色の濃淡や主張、参加率が全くことなるので紋切りな議論はし難いのだけれど、今回は「教職員組合」に話を絞る。

 「使用者との闘争によって労働者の権利を守り、主張していく」ということ自体社会主義的・共産主義的発想であり、日教組はおろか労働組合といわれるものは全般的に社会主義・共産主義色が色濃いし、日教組やその中枢たる神奈川教職員組合(神教組)、浜教組の母体なぞモロであった。共産主義が強かった70年代はその勢力は全盛であり、彼らが国会の前で座り込みをしたことで、いくつかの権利をむしり取っていったことは確かだ。現状の教職員の福利厚生が民間に比べて手厚いのは、未だ公務員の世界に共産色が残っているから、という向きもある。こういう議論は、だいたい彼ら組合の主張といって過言ではない。共産主義が強い時代は、社会的にもこういった主張をしていくことが良しとされていた節もある(もちろん国鉄ストみたいに大反発を喰らうとかもあるが、今の時勢に比べれば、という話で。)。
 だが、共産主義が衰退するに従って、組合運動も弱体化の一途を辿る。企業が肥大化したことによって相対的に弱体化した民間企業の組合の多くは解体させられていった。そうしたことから、世間で騒がれているほどの影響力は、過去のものほどではなくなってきている。例えば、教育委員会なぞはもう組合の主張なぞ歯牙にもかけなくなってきている、ということだ。世論との主張の乖離は、「当局&市民対組合」という構図を生み、組合活動への理解が得られなくなってきたためだ。この影響は大きい。全盛時、組合活動によって学校を離れる場合は「職務専念義務免除」が承認されていた。要は「年休(有休)をとりもせずに、本務から離れてよい」とされていた訳だ。大手を振ってサボりを承認されているといってもあながち間違いではないかもしれない。現在では年休を取るか休日に組合活動をねじ込んでいるようだ。
 また、政治色が強かったために当局からマークされた、というのも大きい。為政が(現代からしてみれば)反社会的な存在を見逃すわけもないし、何より労働組合の体裁を成した「国策を無視した教義を子どもらに教え込む、思想集団」を、放置しておくわけがない。昔は民間企業にもあるように「組合の役員を経て、社の重役のポストに就く」といった暗黙の協定があったりしたようだが、上記のことから、現代では教育委員会や管理職(副校長や校長は組合員にならない)に「とにかくたてつく」のが精いっぱいな感がある。
 
 ゆとり教育を推し進め、個人主義をつきすすめた日教組教育(政治)が、モンスターピアレンツを生んだという話がある。モンスターピアレンツが拡大再生産をすすめ、結局のところその苦しみが自分たちに返ってきているのだから可笑しな話だが、こうした現代社会にそぐわない彼らの行動(服務命令無視、教科書からの逸脱教育など)が管理職を苦しめ、その命を奪い始めているのだとしたら、笑えない話だ。
 事務職員は管理職ではない。が、管理職と組んで服務状況を調査したり、労働環境を整備したりする。もちろんそこに、命令権はない。そして、基本は教員に対して圧倒的少数だ。孤立しやすいと言えば、孤立しやすい。全国でも有数の組織率を誇る浜教組においては、教員部では90%近くの組織率を誇るが、事務職員部では30%程度にまで落ち込む。約1/3が2000年以降の採用となった本市においては、現代っ子気質で組合のアジ色の強さを嫌う人間が増えたのと、彼らにとりこまれまいと距離を置く事務職が増えたといえるだろう。いずれにせよ、教員との距離はさらに広がる気もする。

 これは推測の域をすぎないが、大蔵省に目をつけられた事務職が、県費職員であり続けた理由の一つとして、組合との距離感もあげられるかもしれない。彼らと距離を置くかは別にして、事務職員は多忙化する副校長の仕事(もちろん事務職員の本務ではない)をぶんどってまで、存在をアピールしてきた。同じ校内にいる人間にまで「あの人たちってあんまりいらないよね」と言われたらおしまいだから、と。その分事務職員も多忙化したが、結果組合によらない形である種の地位を作り上げた。
 面白いことに、それによって…なのかはよく分からないが、副産物らしきものもできた。広く校務分掌を把握したことで、副校長や校長に昇任する事務職が出現しだしたのだ。もちろん免許外であるから授業はできないが、係長試験を受ける以外に存在しなかった配置転換の道を開いた、というのも、一般的に見れば「公務員らしくない」せせこましい努力によるものなのかもしれない。

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2008年6月22日(日) 01:07

またもや剛涙目



「24時間店番」ってタグwwww

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2008年6月22日(日) 01:06

逆輸入文化紹介

[外国人が日本に来る前に知っておくべき10のこと]

マスクはどうみても花粉症の人です。
本当に(ry


それにしてもチップのくだりなんかは、恥ずかしくなるくらいありがたい書き方になっている。実際に、この文章通りに応えられる文化であるか。

恥じぬように行動したいよね。

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