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2006年9月10日(日) 05:59
[リコール王はトヨタ]
大手だからって欠陥品を出さないとは限らない。
むしろ大手だからこそ隠し通せると思えるだけの力があって困る。
コンプライアンスが今更叫ばれているのは何故だろうと考えると、”守られていないから”という至極当たり前の原理に行き着く。(それでも法令の遵守法がきちりと見える形でレギュレーションされることは今の「安全・安心の保証」という情報が商売になる時代にはよいことなのだろう。)
written by sofuwe
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2006年8月22日(火) 03:00
夏の甲子園、今年はとみに白熱した戦いが繰り広げられ、その集大成を見事に飾ってくれるにふさわしい名勝負の末、早稲田実業が駒大苫小牧との引き分け再試合を制した。
彼らの激闘には心揺さぶられるものがあったし、野球のみならずスポーツの面白さ、真剣さを存分に我々に思い知らせてくれるものであった。
しかしながらこの所業を手放しに賞賛してはならないはずである。いや、批判は主催者側が受けるべきだろう。駒大苫小牧の田中が3連投、早実の斉藤が4連投で彼に至っては甲子園で最もマウンドに登った男になった訳で、今大会において900球以上放っているのだ。ドクターチェックをパスしたからといって平気であるとは限らない。場合によっては疲労骨折だって可能性はある。もし”取り返しのつかない何か”が起こっていたらドクターの責任にでもしたのだろうか。
もし高校野球が教育の一環であり続けるのならば、この言論封殺的賛美報道(批判意見を頭から握りつぶすような)を改め、周囲が子供らを見守っていくような環境を作った方がよりよいはずだ。
written by sofuwe
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2006年8月20日(日) 05:09
中学受験・高校受験においては大学受験や速読のような洗練された読解技術理論が教材に載っていることが非常に少ない。そのため、私は中学時代からシステマチックな読解方法を編み出す試みを行い、現在のバイトに就いてからは大受であるような技術を平易化して小中学生でも理解できる形に落とし込む取り組みをしている。
中受・高受の世界においては先に述べたように読解技術が流布していないために国語は”フィーリング”で解く教科であるという理解がされてしまっている。そのために模擬テストなどでは得意なジャンルの文章にはまったときは高得点だが、意味が分からないものにあたるとからっきし、という結果の乱高下を招きがちである。他者もこの傾向は同様になるため、安定的に国語の点数を叩きだせることは他者に追随を許さない武器を得ると同義である。
・・・と大風呂敷を広げては見たが、その実内容は大したものではない。今回は「まず文章のどこに目をつけるべきか」という解説を行う。
続きは↑のリンクから。
written by sofuwe
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